
でも、一つのことに使うのに別々なのが気に食わなかったのでくっつけた。
まず、ハメトパンチでポケットに穴をあける。

こんなかんじ。

同じようにロディアの後ろの、ポケットと同じ場所に穴をあける。

こっちは銀色にしてみた。

穴にひもを通して合体。

一緒にゴムで固定。

ペンもくっつければ完璧。

一つの目的に一つの道具ってのが好きなので、こうやっていろいろくっつけるのが大好きです。
607年 | 太子によって創建 |
670年 | 火事?(日本書紀) |
693年 | 少なくとも法要ができるくらい回復 |
708〜715の間 | 完全復興 |
739年 | 東院創立 (話の流れ:行信→孝謙天皇→藤原戻前) |
859年 | 東院修理 (道詮) |
925年 | 講堂、北室、鐘楼焼失 |
982年 | 金堂から仏像が5点盗まれる |
989年 | 風で上御堂が倒れる |
990年 | 講堂復興 |
1050年 | 西円堂が倒れる |
1031年 | 南大門建立 |
1078年 | 橘寺(太子ゆかりの寺)から仏49体を金堂に移す。 このころから、金堂が主役をはる |
10世紀後半から、 11世紀のはじめ | 金堂、五重塔、鐘楼、夢殿復興 |
1219年 | 舎利殿修造 |
1230年 | 夢殿修理(同じ頃、東院の鐘楼、四脚門造立) |
1231年 | 中門を礼堂へ |
1036年 | 回廊修理 |
1050年 | 西円堂修理 |
1249年 | 南大門など諸堂の大修理 |
1269年 | 三経院建立 |
1284年 | 聖霊院建立 |
1318年 | 上御堂修理 |
このから今の伽藍のような姿になった | |
1435年 | 南大門焼失、修理 法隆寺の学侶衆(学問)vs堂方衆(行法)のせい |
1450,1459,1494 | こまごまとした修理を行った |
1574年 | 信長により、「そんなにけんかするなら」と、東寺、西寺に分けられる |
1598年 | いろいろ修理 |
1623年 | 金光院、律学院が焼失 |
1683年 | 西大門焼失 |
1692,1707年 | 大修理 |
1902年 | 中門の修理 |
1907年 | いろいろ修理 |
1920 | 昭和の大修理 |
歴史:ガリアから今までの大まかな流れをやった。人の名前が覚えられない。
感想:フランス革命って大富豪の革命よりひどい。
言語:CDつきの学習本とPSPのトークマンを買った。
感想:ドゥー キャフェ スィルヴプレ ダディスィオン スィルヴプレ
絵画:入門書はかってある。
地理:Google Maps で眺めてるけど、地名が読めない。
手配は妻がすべてやってるので、これくらいはやっておかないと。